青森地方裁判所弘前支部 昭和31年(ワ)7号 判決 1956年7月18日
原告
大高清次郎
外一名
被告
能登谷行次郎
主文
被告は原告等に対し各金二十万円及びこれに対する昭和三十年一月二十三日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(省略)
理由
訴外大高サナは原告清次郎の妻で、原告たきの母であるが、昭和二十九年十月二十七日午後八時二十分頃原告等の肩書居宅前道路で転倒負傷し間もなく死亡したこと、その頃被告がオートバイに乗つて同道路を通行したこと、右サナと原告清次郎との間には長男初太郎、長女原告たきの二児があつたが、右初太郎は昭和二十年五月十九日死亡したため右サナの死亡によるその相続人は原告両名のみであること、は当事者間に争がない。
そこで右サナが転倒したのは被告の乗つたオートバイに接触したためであるかどうかにつき按ずるに、成立に争のない甲第三乃至五号証、乙第一、二号証の各記載、証人笹森一郎、坂本美一、小田桐清二、神タヤ(第一、二回とも)大高政美の各証言並に検証の結果を綜合すれば、本件事故の発生した黒石市大字元町二十三番地なる原告等居宅前道路は東西に走る幅約四間のアスフアルトで舖装せられた見通しの良い坦々たる直線道路であること、右道路は本件現場から東方約百二十間にして南北に走る道路に突当るのであるが、当夜被告はその道路の突当りの所にある「樽平」という飲食店において飲酒して午後八時過ぎ頃オートバイに乗つて西方即ち原告等の居宅の方向に疾走したものであること、当時被告は相当酩酊していて足許が確でなかつた上オートバイの後方に積んだ米を入れた麻袋が片寄つており乗らうとして二度までも倒れたので、坂本美一や小田桐清二等から、もう少し休んでから帰れ、とかオートバイに乗らずに帰れ、とか注意されたにも拘らず聞き入れずにオートバイに乗つて前記道路を西に向つて出発し原告等居宅前附近を時速約三十粁の速力で疾走したこと、一方大高サナは当夜午後八時過ぎ頃自宅から少し東の右道路南側にある「ヨシタ薬局」で「オキシフル」を買つて帰宅する途中自宅の筋向いからやや斜に右道路を横切り同道路の北側に達したと思つた瞬間東方から道路の北側を無燈火でしかも警笛も鳴さず疾走して来たオートバイに轢き倒されたのであること、これを反対側で見ていた神タヤはオートバイがその侭走り去つたので大声で「大高」と叫んだため原告たきの夫大高政美が出て来て右サナを抱き起し黒石病院に運び込んだが、脳底骨折による出血多量のため同日午後八時五十分頃死亡したこと、被告は同夜黒石警察署係官の取調を受けた際、「積んでいた米が落ちそうになつたので片手で米を押えてたとき前方に女の人が出て来て接触したが死ぬとは思わなかつたのでその侭走り去つたので悪意があつた訳ではない。被害者と交渉して円満解決したい。」と申述べたのみならず、その翌日大高かつ方において前記大高政美に対し「馬鹿なことをした」と泣いて謝罪したこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実関係に徴すれば、大高サナが転倒したのは被告乗車のオートバイに接触したためであると認めるを相当とする。而して被告は暗夜酩酊して時速三十粁の高速度で道路の右側を疾走したのみならず、オートバイの後に積んだ米の入つた麻袋が傾いたので片手で運転したため前方に大高サナの姿を認めながら警笛を吹鳴すことができず遂に同人に触れ転倒せしめたものと認めるを相当とするから大高サナを転倒負傷せしめて死亡するに至らしめたことにつき重大な過失があつたものというべきである。
よつて被告は右サナが蒙つた財産上の損害を賠償する責あるとともに、原告等がその妻又は母を失つたことにより精神上感受した苦痛を慰藉する義務がある。
被告は大高サナが斜に道路を横断したのであるから同人に道路交通取締法施行令第九条第二項の「歩行者は斜に道路を横断してはならない。」同第十条の「歩行者は諸車又は軌動車の直前又は直後で道路を横断してはならない。」との規定に違反した過失がある旨主張するけれども、前認定のとおり本件事故が発生した道路は幅約四間のアスフアルトで舖装した担々たる直線道路で見通しが良く、しかも前記証人神タヤの証言並に検証の結果により認め得られるように、当時同道路の通行者は、人、車とも殆んどなく、その附近に横断歩道がないのであるから直ぐ筋向いの自宅に帰るため多少斜に横断したからといつて道路交通取締法施行令第九条第二項に違反するとは考えられない。又被告は前認定のとおり暗夜無燈火で警笛を吹鳴らさないで疾走して来たので近接するまで右サナが気付かなかつたことは右証人神タヤの証言に徴して推認できるところであるからして右サナに同施行令第十条違反の廉あるとも思われないので、原告の主張は採用しない。
よつてその数額につき審究するに、成立に争のない甲第一号証の一の記載、証人大高政美、三上勇造、高井善三郎の各証言と並に原告本人大高たきの尋問の結果を綜合すれば、前記大高サナは明治三十三年七月二十五日生れの女性で身体健在で原告等の肩書居宅で物品販売業を営む傍ら屑物商をして少くとも月収一万五千円を挙げていたことが認められる。しからば同人は本件事故がなかつたならば統計上なお二十一年余の残生存年数を有し、且右営業に従事し得たことは当裁判所に顕著な事実であつて、右収益をホフマン式計算法に従え死亡当時における一時払の額に換算すれば、金二百五十余万円の損害を蒙つたものということができる。又慰藉料の額については、前認定の原告等の家庭の状況、証人佐藤章司の証言により認められる。被告は藁工品集荷業を相当手広く営んでおり、被告の父作次郎には田一丁五反位あつて農業を営み部落において上流の生活を営んでいること、その他諸般の事情を彼此斟酌するときは原告等に対して各金五万円を以つて相当とする。而して大高サナの死亡により原告等のその相続をしたことは前記のとおりであるからして、前記損害賠償債権額金二百五十余万円中、原告清次郎はその三分の一を、原告たきはその三分の二を相続により承継取得したこととなる。
よつて原告等の本訴請求中、原告等が被告に対し右損害賠償債権中各金十五万円慰藉料として各金五万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かである昭和三十年一月二十三日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 猪瀬一郎)